自殺問題と断酒会

アルコール依存症と自殺問題(全国断酒会アンケート調査)

自殺予防総合対策センター

(調査の背景)
 わが国の自殺者数は、平成10年に急増して以降、年間3万人を超える水準で推移している。平成18年6月には、自殺対策を総合的に推進して、自殺の防止を図り、合わせて自殺者の親族等に対する支援の充実を図ることを目的とする「自殺対策基本法」が制定され、19年6月には政府が推進すべき自殺対策の指針として、自殺総合対策大綱(以下、大綱)が閣議決定された。
 大綱は、策定後1 年間のフォローアップ結果および策定後の自殺の動向を踏まえて一部改正され、「うつ病以外の精神疾患等によるハイリスク者対策の推進」が重点施策群のひとつである「適切な精神医療を受けられるようにする」の新たな項目として取り上げられた。 
 この中で、“うつ病以外の自殺の危険因子である統合失調症、アルコール依存症、薬物依存症等について、調査研究を推進するとともに、継続的に治療・援助を行うための体制の整備、自助活動に対する支援等を行う”こととされ、ハイリスク者対策の対象としてアルコール依存症が取り上げられた。
アルコール依存症は、国際的には、うつ病、統合失調症と並んで、自殺予防において重視されるべき精神疾患であるが、わが国では、アルコール依存症と自殺行動の関連性についての研究は少なく、このことが自殺対策におけるアルコール問題への取組を遅らせてきたと考えられる。
自殺対策の推進のためには、アルコール問題と自殺行動についての知見を蓄積していく必要がある。

(調査の目的)
 自助グループとしての断酒会の活動内容および自殺対策に関わる活動内容とニーズを把握すること、断酒会で経験している自殺あるいは自殺かもしれないと思われる死の実態を把握することを組織調査の目的とした。
また、過去にアルコール依存症等の、アルコール使用による精神および行動の障害を経験してきた断酒会員を対象に、断酒期間、断酒会仲間の自殺関連行動の経験、自身の自殺関連行動の経験とその時期、精神健康等を尋ね、アルコール関連問題と自殺関連行動の実態を把握し、わが国の自殺対策の発展のための資料とすることを個別調査の目的とした。
(個別調査アンケート結果)
①属性
・性別:男性4,067名(87.9%)、女性521名(11.3%)、不明・無回答が37名(0.8%)
・年齢:平均年齢は60.2歳+-10.9歳
・同居家族あり3,687名(79.7%)
・配偶者あり3,233名(69.9%)
・家族・親族と良好な関係を有する者3,742(80.9%)
・有職者2,193名(47.4%)・
・健康状態が良好な者は3,376名(73.0%)
・親にアルコール問題がある者1,603名 (34.7%)
②断酒期間
・「5年以上」が2,358名(51.0%)
・「1年~3年未満」724名(15.7%)
・「まだやめてない・半年未満」497名(10.7%)
③断酒会歴
・「5年以上」2,617名(56.6%)
・「1年以上5年未満」705名(15.2%)
・「3年以上5年未満」521名(11.3%)
④周囲の自殺関連行動の経験
実際に自殺した人の有無
・無し2,393名(51.7%)
・友人657名(14.2%)
・家族以外の親族568名(12.3%)
・その他664名(14.4%)
断酒会の仲間の自殺関連行動
・自殺念慮の訴えがあった~1,159名
 (25.1%)
・自殺未遂があった~2,036名(44.1%
・自殺既遂があった~1,758名(38.1%)
⑤本人の自殺関連行動について
・これまでに本気で死にたいと考えたことがある~1,878名(40.7%)
 内、断酒会に繋がる前1,247名(66.4%)
 断酒会入会前と後の両方443名(23.6%)
・これまで本気で死にたいと考え、自殺の計画をたてたことがある~1,068名(23.1%)
 内、断酒会に繋がる前753名(70.5%)
 断酒会入会前と後の両方212名(19.9%)
・実際に行動に移したことがある~931名(20.1%)
 内、断酒会に繋がる前686名(73.7%)
 断酒会入会前と後の両方131名(14.1%)
(考察)
1.組織調査の結果について。
 登録会員数をみると小規模から大規模の断酒会が存在していることが分かった。
例会には、人数や機会としては少ないながらも専門職や他の自助グループが参加することも
あり、関係機関との連携の契機となることが期待される。
 地域を対象にした酒害相談は半数以上の断酒会が行っており、そうした支援は、アルコールの問題に悩む人々にとって大きな支援になっていることが予想される。
平成20年中に会員や家族、酒害相談者の自殺、あるいは自殺かもしれないと思われる死を経験したことがある断酒会は、およそ1割程度であった。1年間に限ると1割という経験率は、断酒会が長年の活動の中で、会員、家族または酒害相談の対象者の自殺、あるいは自殺かもしれないと思われる死を経験してきていることが予想され、断酒会の運営においては、自殺のポストベンション(事後対応)が必要になることが推測された。
 そうした死と断酒の関係では、再飲酒中または断酒以前の事例が最も多かったが、断酒中の事例もあった。飲酒中だけでなく、断酒中の自殺のリスクも認識しておく必要性が示唆された。
 また平成20年中における自治体の自殺対策への参加状況については、1割から2割弱の断酒会が参加しており、自治体と断酒会の連携が構築されていた。
 大綱の改正でアルコール依存症が取り上げられたこともあり、断酒会が自殺対策に参加していく機会が増えていくことが予想され、より多くの実績が蓄積されていくことが期待される。

2.個別調査の結果について。
 本研究の対象者は調査期間中に例会に出席し調査票を配布することができた断酒会員であり、対象者の特徴として中高年と高齢男性が多くを占めていることが分かる。なお職業の有無については、有職者無職者がほぼ半々であることが分かった。
 そして、健康状態が良好ではないと回答した対象者が4分の1近く存在していることから、身体的健康の維持するための支援の重要性が示唆された。
 また、女性会員の存在も無視できない。女性対象者の約6割が無職であり経済的問題を抱えやすいことが予想される。精神疾患スクリーニングによると女性の精神的健康の程度が懸念される。近年、女性の飲酒人口は増加しており、アルコール依存症となる女性も増加している可能性がある。スクリーニングの結果をアルコール依存症の女性の支援のあり方に活用することが望まれる。
 お酒を止めてからの期間と、断酒会に参加するようになってからの期間は、ともに5年以上が半数以上で最も多く、断酒会への継続的な参加と断酒期間の長さは、強く関連するものと考えられる。
 現在の健康状態が良好かどうかについて「いいえ」と回答した対象で、お酒をやめてからの期間が5年以上の対象者が最も多かった。これについては、長年のアルコール摂取による各身体器官へ影響や疾患、加齢による肉体機能の低下や悪化が考えられるが、さらなる検討が必要である。
 本研究の対象者は全日本断酒連盟に加盟する断酒会に所属する断酒会員であって、内閣府自殺対策推進室が平成20年に行った20歳以上の成人を対象とした「自殺対策に関する意識調査」(以下、意識調査)とは、回答者の属性が異なる部分もあるが、回答者の38.1%が断酒仲間の自殺既遂を経験していることは、断酒会周辺での自殺発生の頻度が高い可能性を示唆するものと考えられた。
 また、本気で死にたいと考えたことがある者は40.7%であって、意識調査の結果(19.1%)と比べて約2倍の高さであり、しかもこのうちの半数近くが、自殺の計画や自殺企図を行っていることが分かった。
 さらに、自殺関連行動の時期について、断酒会につながる前がいずれも7割近くであり、断酒会につながった後でも自殺関連行動を経験していることも明らかになった。
 これらのことから、自助グループとしての断酒会の活動が、アルコールの問題を抱えた人達の自殺予防につながっている可能性が示唆された。またそれと同時に、アルコールの問題が自殺関連行動のリスク、ひいては自殺のリスクを大きく高める可能性があることが示唆された。
 また、対象者の中には精神的健康が決して良好とはいえない状態の会員が3割以上いることが、精神疾患スクリーニングで明らかになった。精神的健康が良くないといった状況はアルコール関連問題に起因するものが多いと思われるが、年齢が高くなるとともに、身体健康の問題が影響している可能性もあり、断酒会員の健康をどのように守っていくかは、断酒会活動発展のためにも大きな課題であると考えられた。
 本研究結果は、今後のわが国の自殺対策において、アルコールの問題と自殺の関連性についての積極的な普及啓発の重要性と、アルコール依存症等のアルコール問題を抱えた人たちへの相談支援の充実の必要性を示唆する結果と考えられた。
 自殺予防における断酒会と自治体との連携は大きな課題であり、自殺予防総合対策センターとしても、今回の調査結果を踏まえて、連携のための手引きを作成する必要があると考えられた。
(本稿は自殺予防総合対策センターの「自殺予防のためのアンケート調査」-断酒会会員調査まとめ-から抜粋いたしました。全文は同センターのホームページに掲載されています。)