ひとくち講座

親は子どもに何ができるか-世代間連鎖・共依存・アダルトチルドレン-

はじめに

私達は知らず知らずに親から学習して育ってきました。親もその親から学習して育ってきたのです。そして自分達も大人になり結婚をして、家庭をもち親になります。そして無意識に、またある場合は意識して、自分の親から学習したことを子どもに伝えていきます。また、その親達が作った家庭の環境も学習して伝えていくのです。
 このことを世代間連鎖といいます。この連鎖には好ましい連鎖もあれば、好ましくないものもあります。好ましくないものの中にアルコール依存症があります。親がこの好ましくない連鎖に気づき、子どもに連鎖がおよばない様に、親が子どもに対し早めに働きかけをすることなのです。

世代間連鎖って何

子どもは無意識に親からいろいろなことを学びます。好ましいことも、好ましくないことも学んでしまいます。そして自分も結婚し家庭を持つと、無意識に親から学んだことを実行する場合が多いのです。好ましいことも実行し、好ましくないことも実行します。
例えば親が厳格で、子どもが成人してもあれこれと指図し子どもをコントロールしてきた親、その親に育てられた子どもが大きくなり家庭を持つと、やはり同じことをする場合が多いのです。この場合、その親に育てられた子どもは、それがいいと意識して、しているわけではありません。それはこの子どもにとって、学習した家族モデルは自分の家族しかないからです。だからあまり疑うこともしなかったし、変えてみようともしなかったのです。
もし、この場合その親に育てられた子どもが、この好ましくない世代間連鎖に気が付き意識的に自分の子どもとの関係を改めていったらどうでしょう。素晴らしい結果になると思います。この好ましくない世代間連鎖をここで断ち切ることができるのです。
親が連鎖の悪い標的になるようですが、それはちがいます。親のまた親、子どもにとっては祖父・祖母となりますが、自分の親もそのまた親から学習して無意識に家庭の環境をつくっていたわけです。親を責めることはできません。ただ、どこかで気づく必要があるのです。
好ましくない世代間連鎖の代表例は児童虐待・アルコール依存症です。この連鎖は上述したように家庭の環境によることが多いのです。連鎖を断ち切るには、子どもに影響を与えた親が子どもに働きかけること、このことが大いに効果があると考えられます。

好ましくない連鎖を断ち切るには

自分と親を肯定してみよう

今の自分はだめなのだ、親がいけないのだ、と思っているうちは連鎖が断ち切れません。子どもに対して健康的な関係が結べないからです。
ならばどうすればいいのでしょう。それは自分と親との関係を幼いころから通り直してみることです。もちろん幼い頃には戻れませんから、断酒会会員なら体験談として話してみればいいし、会員でなければずっと思い返せばいいのです。
そうすると子ども時代に親からされたことと、現在の自分とに一本の線が引かれてきます。例えば、夫婦仲が悪くいつも緊張している家庭に育った自分、その家庭でいつも親の顔色を気にして、何か起こりそうになるとひょうきんな行動を起こして両親の気をそらすのに必死になった思い出、そのことと争いごとを極端に嫌い、起こりそうになると必死に根回しをする現在の自分、争いごとが嫌いなんて男らしくない、とひそかに思っていた自分、ここに過去から一本の線が引かれ、そうかそうだったのか、男らしくないとひそかに自分を否定していたがそれはそれでいいのだ、根回しをしたりする調整役も会社の仕事には大事だし誰にでもできることではないと、徐々に自分を肯定してきます。
ここで気をつけなければいけないことは、親を悪役にしないことです。そのために親と祖父・祖母との関係についてもわかれば調べておきたいものです。親がそのまた親から何をされて育てられたかわかります。そしたら「あー、親父もそうだったのか」と思うはずです。これができない場合は、貴方も親の年に近づいたわけですから、親の気持ちがわかろうと思えばできるはずです。
今の自分が子どもに対して行っていること、その時の気持ち、その自分と自分が子どもだった時の親を重ねて下さい。「今自分が子どもに言いたいけれどいえない、父親もあの時言いたかったけど言えなかったのだ」「子どもが親に対して不機嫌な顔をいつもしているが、自分は簡単な言葉だけはかけている。親も確か似ていたことをしていた。あれが自分に対する精一杯の愛情の表現だったのだな」など、親の気持ちが「きっとそうだったんだね」と想像できると思います。

「共依存」を理解しよう

好ましくない連鎖を断ち切るためには、子どもに親からの働きかけが必要です。そのためには今、子どもがどうして好ましくない状態にいるのか知る必要があります。それには「共依存」「AC(アダルトチルドレン)」の概念を理解することが近道です。まず「共依存」について説明します。
例えば、父親がアルコール依存症とします。しっかり者の息子と母親がいるとします。母親は息子にいろいろなことを期待します。相談ごとも父親にはしないで息子にします。将来も息子に期待します。息子は息子で、かわいそうな母親を何とかしたいと思います。自分のことは放っても、母親の期待に沿いたいと一生懸命に生きていきます。母親の人生は息子のため、息子の人生は母親のため、つまり「共依存」です。自分の人生がないのです。父親が断酒していてもこの関係が続くことがあるのです。
「共依存」からの解放は、親が回復に努力し、そして子どもが親のことを心配しなくてもいいようになり、その結果、子どもは子どもの人生を歩んでいくことが出来ることなのです。

「AC」を理解しよう

本文ではAC(アダルトチルドレン)を広義の意味として「アルコール問題のある家庭で育ち大人になった人」として話を進めます。「大人になった人」の大人とは何歳なのか、本文では20~25歳位とします。
また、20歳未満のアルコール問題のある家庭で育った人はなんと呼ぶのか、現在決まった呼び方はありません。本文では特別に20歳未満の人も含めて、話をしていきたいと思います。
アルコール問題のある家庭(以下アルコール問題家庭という)で、小さく弱い子どもが生きていくには、普通の家庭と違い、「子ども」ということを放棄しなければなりません。子どもらしさは通用しないのです。
例えば、上記「共依存」の息子の場合をAC の視点から見てみます。この息子は一家を背負っております。母親の相談相手もする。弟がいればその世話もする。依存症の父親にかわって父親の役目もする。母親に心配をかけまいとして学校の成績も上位を保つように努力している。外から見れば評判息子です。
この息子がそのまま大人になると一例として「完全主義者」になります。完全主義者は疲れます。強迫性障害にもなりやすいのです。ストレスがたまります。お酒に頼るようにもなります。親と同じアルコール依存症になりやすくなる場合もあるのです。上記のようなAC は「一家の英雄タイプ」と呼ばれております。
このように子ども時代に子どもらしいことを親からされていないと、本当の意味で大人になることができない場合があるのです。このようなことにならないためには、まず親が断酒するのはもちろんですが、AC の概念を理解して、子どもの好ましくない状態がアルコール問題家庭で過ごした影響かどうか見極め対処する必要があります。
基本的には共依存と同じで、親が回復に努力し、そして子どもが親のことを心配しなくてもいいようになり、その結果、子どもは子どもの人生を歩んで大人になることが出来るのです。
もちろん子どもが親と遊ぶことを望む年令であれば、大いに一緒に遊んであげて下さい。この場合あまり子どもに密着しすぎると子どもが迷惑します。子どもは、親が折角やさしくしてくれるので、いやだとは言いません。この点は是非注意してほしいことです。
さて、AC には負の面ばかりが付きまとうように思えますが、そうではありません。子ども時代に苦しい思いをしたその傷が、大人になって癒えることがあるからです。それは親との関係が再構築されたり、自分が努力して社会に順応したりした場合です。子ども時代の苦しい体験が大人になって、いいように生きてきたといえます。例えば、上述した「一家の英雄」は大人になって「自分自身にのみ厳しくなれる」「良い重役になれる」と言われています。
アメリカ前大統領クリントンはアルコール問題家庭で育ちました。彼は公言しております。「子ども時代は、家庭が荒れないようずいぶん気を使った。これは大統領になってからも、ことを収めるということでは役にたっている」と。

子どもに向かいあおう

親が断酒して徐々に回復していきます。家族にも明るい笑顔が戻ってきます。
「俺が一生懸命やめている姿を見て、皆ついてくるだろう。特に子どもはこの親の後姿をみて、正しく育ってくれるはずだ」と思いがちです。確かに親が一生懸命やめている後姿は、子どもを安心させます。後姿も重要でしょうが、子どもと面と向き合うことも重要です。
上述した「共依存」「AC」の概念を理解したならば、まず子どもと話し合いができる雰囲気をつくることです。これは簡単なようでなかなか難しいと感じる人もいるかもしれません。「いまさら親父なんだい」と息子から怖い顔で言われそうです。しかし気長に行って下さい。子どもにとって、親から話しかけられるのは気恥ずかしいけれど、ほんとはうれしいものです。自信をもって行って下さい。
機会をみて、自分が飲んでいた時の話をしてみるのもいいでしょう。子どもは「もう今さらいいじゃないか」と言うでしょう。子どもは親に優しいのです。しかし飲酒時代の子どもの気持ち、親の気持ち、事実を互いに伝え合うことが親子の間にあったわだかまりを溶かし、世代間連鎖を断ち切る一つの力になるのです。

出来ることからやってみよう

「親が子どもに対してできること」について、ここでは身近なもの、出来ること、の具体例を挙げてみたいと思います。
◎夫婦仲良くしましょう。
子どもが安心するのは先ずこれです。母親が暗い顔をしていたり、父親が母親に暴言を吐いていたりすると、飲酒中にあった母親・息子間の共依存が継続してしまいます。そうすると父親と息子との間が希薄になり、息子は父親を信頼しなくなり、息子にとっては、父親は軽い存在になってくるのです。
◎子どもに関心を!
仕事なり断酒会活動なり大いに結構ですが、夢中になりすぎて子どもの存在を忘れてはいけません。
◎まず、子どもに挨拶をしよう! 
親から挨拶なんて、と思ってはいけません。挨拶はコミュニケーションの入り口です。親から挨拶されてうれしくない子どもはいません。
◎子どもさんがまだ小学生・中学生ならば一緒に遊びましょう。猫かわいがりはいけません。小さい子どもは、親が一生懸命遊んでくれるのがわかるので、いやな場合でも文句をいいません。この辺は特に注意しましょう。
健康な親子関係というのは、まず子どもが親のことをあれこれ心配しないこと、親が子どもの人生を尊重していること、です。
◎飲酒時代かまってやれなかった遅れを取り戻すため、子どもを自分の思うようにさせようと、あれこれ指図をしていませんか。子どもはまた飲まれたら困るから言うことを聞くかもしれません。子どもには子どもの人生があります。飲酒時代に親の呪縛でおかしくなり、親が酒を止めてからまた親の呪縛攻勢ではたまりません。子どもとは距離を置きましょう。
◎お母さんがまだ子どもを頼りにしていませんか。もう子どもは解放してやって下さい。子どもに父親の役目はさせないようにして下さい。そのためにも、本当のお父さんがしっかりしなくてはいけません。
◎子どもと飲酒時代の話をしてみよう。
子どもは「いまさらもういいのでは」というでしょう。親を困らせたくないのです。子どもが話さなくても、親が話してもいいのです。「あの時は悪かったね」とひとこと言ってみましょう。
◎子どもの回復を待とう。
断酒数年、子どもが不登校になったり・引きこもりになったりする場合もあります。こんな時「お父さんが酒を止めて頑張っているのに、子どもはなんだ」と子どもを責めたり、「お前の育て方が悪いのだ」と奥さんを責めてはいけません。「AC」の勉強をしてください。専門家の門をたたくのもいいでしょう。原因がわかったら腹をくくって待つのです。親が原因で、子ども時代に子どもらしいことをしなかったので今、子どもをやりなおしているのです。そして大人になろうとしているのです。だから時間がかかります。「待つ」時間が解決策なのです。